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アーリーアダプトなう 
広田稔記者によるインタビューがACII.jpに掲載されました。

消えゆく日本文化、若者につなげ ニコニコ動画に“再生”の灯

以前からウォッチして下さっていて、非常に判りやすくインタビューをまとめて下さいました。感謝しております。
おかげ様で記事の評判も良いようで、かなりの数のtweet、イイネ!をもらい、2chまとめサイトにもいくつも掲載頂いているようですw こわいようww


さて、校正させて頂いたときに気づかなかった、言葉足らずかな、と思えるところをここで補足しておきます。

●有料化について
2ページ目 「だが、いつまでも“無料”でやってはいけない。」 て所はちょっと唐突ですね。
晃太郎には、「生の舞台にお客様を呼びたい」という強い願望があります。自分は板の上の芸人ですので、生で味わって頂かなければ伝わらない魅力を発し続けているつもり。ネットでの活動により、広く周知し、魅力の一端に触れて頂き、生の舞台に呼び込む。
ただ、この生に呼び込む、という所は非常にハードルが高い。ネットでの活動であっても、生舞台に来てくれそうな層に強く訴求しないと、と思ってます。世の中にある無料のものというのは無責任。「無料だったら見るけど…」という層とだけつながっていては、舞台にお客を呼び込めないのです。
対価は価値を担保するもの。どれだけ安かろうと、払ってでも見たい、という層とつながるためのアプローチです。


●三方良し、の例えについて
3ページ目、「「近江商人の、売り手よし・買い手よし・世間よしという『三方よし』の理念です。」
これは「何度もヒットを飛ばせるのはなぜ?」「炎上しないのはなぜ?」というのに対する返しだったかと。
演じ手が目立ち、評価され、自身の本業にとってもプラスになる => 売り手良し
演者が本業スキルを発して作品を作るのでクオリティが高く面白い => 買い手良し
伝統文化の継承発展の役を担い、かつ原作への導線も作り自利利他 => 世間良し


補足でした。
新作のロケ風景も、ちょっぴり紹介。

写真撮影はいつも撮って下さっている櫻井貴流さん

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雪原に佇む杏ノ助さん

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桜をバックに杵家七三先生

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古民家での杵家七三社中の演奏


さて、関係なさそうで関係ある話題。Gumroadというサービスが出来て、ちょっとした話題になってます。

Pinterestの19歳のデザイナーが起業して作ったGumroadが凄い!!ユーザータイムラインで通販が可能に

これは、twitterやfacebookでサインインして、URL・画像・アプリなどのコンテンツを売買できる、というもの。
”コンテンツはブログ記事、Spotifyのプレイリスト、Instagramの写真、iPhoneアプリへの招待、調査レポート、その他なんでも思いつくままだ。 ”

で、これが只今アクセス過多になってて、快適には使えない状況。 →だいぶ安定してきてます
そこでよく似たサイトを日本人の方が作ってしまいました。

Ameroadが生まれてから売却するまでの五日間まとめ

いや、これサービス自体もこの流れも、すごい面白いですよ。
従来、企業が保証していた品質を、twitterのアカウント、という個人が保証することになる。
…まあ、小難しいことはいいや、晃太郎は面白そうなら取り敢えず使う!!使ってみる!!

ってわけで、まずはameroadに、てじゅまちレターヘッドを置いてみました。
見本

てじゅまちレターヘッド 100円



これはjpgデータを販売している、ってことです。お家でB5用紙やA6用紙で出力して頂ければ、レターヘッドとして使えますよ、ということ。
ご興味の方いらしたら、是非ポチっと。
二人会『信』ご来場御礼 
かねてからお知らせさせて頂いておりました、杵家七三・藤山晃太郎 二人会『信』、無事に務めて参りました。

自主公演は初回『秘是花成』以来、晃太郎にとって二年ぶり。劇場を借りての興業というのは非常に大変なものですが、今回は七三先生との二人会だったので、多くを助けて頂き、非常にクオリティの高いものになったと自負しております。また、スタッフ一同の助け、どころかお客様にまでコメントや物販を助けて頂き、さながら観客と一緒に作る舞台、という様相となったのは予想だにしなかったことでございます。
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特に有料配信、というものは初めての試みでした。twitterなどの評判を見るにまずますの成功だったといえましょう。(ビデオメッセージ部分と、大回転パートでのカクカクと、ブツ切れだけは残念!!><)
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番組は公演後1週間(10/24)までタイムシフトで視聴できますので、もしご興味もって頂けたらご覧頂けますと幸いです。感想はtwitterでハッシュタグ#YAF_CHをお使い頂けますと、目に留まりやすくなります。



今回、演技中アンケートなどで、大変面白い統計が出ております。
その効果として、
・250名ほどのリアル来場
・有料無料合わせ、4,000名超のネット来場
・全国から場所を問わず来場、時間が合わない方は後日に視聴
・ネット視聴の8割は邦楽演奏に来たことのないお客様
・ネット視聴の8割は30代以下
・アメリカ、台湾、オーストラリア、その他海外からも視聴あり

●詳細統計
10代以下 8.31%
20代 40.62%
30代 33.23%
40代 14.92%
50代 1.32%
60代以上 1.61%
※住所・年齢統計は、アカウント情報からのものなので、お客様にまったくご負担を強いずに詳細なパーセンテージが出ています。これなども、ネットならではの面白さかと。


どのような演芸ジャンルでも、従来のファンや同門、同ジャンルパフォーマーが客席の多くを占めます。それら皆様、非常に大事なお客様ではありますが、そこだけを相手にしていては活動が外に広がっていきません。また特に古典芸能の多くはお客様が高齢化し、「なんだかとっつきにくいもの」と思われているのは否めないのでは。その敷居を下げ、お若い方々にも『まず見てもらう』。これが晃太郎のやりたかったことです。
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この活動の結果、多くのお客様から「次回は生で見たい」「近所に来たときは必ず行きます」などの熱心なお声を聴いております。その通り、生でなければ伝わらないんです。この舞台のコンセプト、「劇場からネットへ、ネットから劇場へ」は、初回から良い結果を残せました。継続して、この活動を発展させて行きたいと思います。どうぞお楽しみに。
アニメ界の変容から眺めるマジック界 
晃太郎はTVみません。持ってません。
アニメもあまり見ていなかったのですが…

このところ、twitterでのTLにあがってくる話題のものはそれなりにチェックしたいな、という気持ちが起こり。
ついでに、「ネット視聴1週間無料」に釣られて、気づいたらこの春からそれなりの本数のアニメを見ているような気がします。

で、エヴァンゲリオンですとか、もっと前に子供の頃に見ていたのと比較して、最近のアニメに非常によく見られるもので「過剰なまでに伏線を張る」という傾向があり、舞台芸人として色々と思うところがあります。

ほんの一瞬だけ映る柄や服装、その後に起こることの暗示や、心理描写など、「こんなの普通に見てたら絶対気づかないだろ!!」と思える細かい描き込み、伏線があちこちに。


これなんなんだろう、と考えてみたところ。
①映像メディアの氾濫
②視聴環境のPCへのシフト
③ネットによる情報共有


などが原因ではないかと推測してます。
昔だと、TVで一回やったっきり。ビデオがなかったり、撮り忘れれば後から戻れない状況。伏線なんて誰も気づかない。

ところが近年は、映像メディアがさまざまな形で視聴でき、共有され、多くの方の目に留まり易くなっている。
それをPCで見た場合、繰り返し視聴、コマ送りが容易。つまり、以前に比べて、細かいところを何度も見ることができ、それをする人間が大勢になっている、ということです。
(昔、エヴァのOPを一時停止してコマ送りしたなぁ…)
さらに画面キャプチャーが容易で、ネットでファン同士が考察しまくって、予想しまくって、その答え合わせを毎週行う。聖地(アニメに登場する現実の場所)を見つけるのも早い早いw

アニメの楽しみ方が変容している、ってーことですな。こればっかりは、後からまとめて見たのでは味わえない楽しみ方かと!(顕著だったのがまど☆マギ。シュタゲは伏線多かったがゲームが先行してたのでネタバレあり。ピンドラはネット視聴だと週遅れすぎてつまんない…)


翻って、マジックについて。
サーストンの三原則に「繰り返して演じない」とあるよう、コマ送り&繰り返し視聴など、マジシャン泣かせもいい所。
実際にミスディレクションが効いている状態では視野狭窄・焦点深度狭窄でバレないネタが、画面で見るとバレるバレる。
まったくもって、現在の映像文化の隆盛はマジック界にとって由々しき事態です。

そんな中、映像メディアとどう向き合うか。どう付き合うか。
ネタバレにつながりやすいから、露出をしないのがいいのか。TVのお誘いを断り、ネットの露出を断るのが良いのか。


晃太郎は、手妻(和妻)には、この時代に適応する答えのひとつがあると思っています。


手妻には、所作の美しさがある。これは何度見ても楽しめるものだ。
手妻には、口上がある。これは毎回変化するもので、見る度に異なる魅力あるものだ。
手妻には、見立てがある。これは一度や二度ではとても理解しきれない。ファンが考察する格好の対象だ。


蝶の見立ての型で晃太郎が一番好きなのは、「床入りの形」です。
蝶二羽を扇子の上に乗せて、もう片方の扇子で伏せて、そこからそっと覗き見る。
蝶の結婚です。これなど、解説がなければまず気づけない。
でも繰り返し見て、その仕草の意味を自分で発見できたら、どれほどその芸に魅力を感じることか、と思うわけです。

繰り返し視聴でバレないマジックばかりをチョイス、という対応でもいいんですが、「繰り返すほどに魅力を発見できる」という深みを持った芸を追及する方が正解なのでは。
そのためには、マジシャンが創意工夫する箇所として、「ただ不思議であれ!!」だけを突き詰めていたのでは足りないんじゃないかと思うんです。


もし「あなたの特番をNHKで放送したいです。いまやってる芸をフルルーティンTVで取り上げさせて下さい」って言われたらどうしますか。
それをやったら、youtubeに転載されるかもしれない、コマ送りされて解析されるかもしれない、無料で見せてしまったら仕事が来なくなってしまうかも、エンドのネタが知られていたらびっくりしてもらえない。

…だからといって、お話断りますか?断らないですよね。露出の場がある方がありがたいに決まってる。
ネットを使って、映像で発信していくってのは、詰まるところ「自分で自分の特番を組む」ことです。


晃太郎の生存戦略は、「繰り返し視聴の度に魅力が出るよう芸を深め、映像露出の場を自分で開拓していく」ことです。


↓露出の場です。がんばりまーす。





舞台芸の目標の遷移 
只今は学校公演で、京都を巡っております。
普段であれば、合間見て京都の史跡を巡りたいところだけど、自主公演の準備でなかなか観光に出られず!もったいない!orz

学校公演は一座での移動なので、師匠とも、おとうと弟子とも、プロを目指す学生さんとも話す機会が多々あり、改めて自分の芸の目標地点について見直す機会にもなりました。以下、つらつらととりとめない拙文を。

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まずおぼろげな人生の大目標としては、「手妻を格の高い芸能として、その魅力を広く知らしめ、発展継承させて行く」というのがある。これは、演じ手の稀少になったものを復興させる、挑み甲斐のある目標で、2004年くらいから意識するようになり、おそらく生涯変わらないことかと。

ではそのためには何をすれば良いか。

まず演者として一流にならなければいけないと思っている。
これは判り易い目標。多くのマジシャンが芸の研鑽を目標に掲げる。
高い山があれば裾野が広がる。裾野を広げて次代を牽引する。

では、芸が独りよがりであればいいか?ただ自分が良いと思うものを突き詰めれば良いか?
そうじゃないと思う。お客あってこその芸能。で、あれば、求められること、言い換えれば稼げることが前提としてあり、その範疇でやりたいことをやるべきでは、と。稼ぎは芸能の品質のバロメーターだ。

良い芸能を作るためには、長い時間も、莫大な費用も掛かる。一流の道具、一流の衣裳、一流の音楽、一流の裏方とコラボレーションすることで一流の芸能は出来上がる。
継続して、年齢を重ねて、芸によって大きな収益を得続けられるモデルを考えておかなければ、目標地点に到達しない。良い芸を作ることもできないし、発展継承させて行くことも不可能。ただ頑張ってればいつかなんとかなる、ってのは幻想だ。

以前に考えていたのは、「芸を大振りにすること」。一演技の鑑賞者総数を多くすれば、一公演あたりの収益が大きくなると考えた。そこで小目標として「40歳までに国立劇場・大劇場での単独公演ができるようにする」ことを設けていた。
その為には、90分程度の大掛かりな芸ができなければならず、1600名の座席をいっぱいにできるほどの人気を得ていなければならない。そこで段階的に、少しずつ大振りな芸のバリエーションを増やし、お客様を開拓し続けていた。


そして今年、2011年に入って、大きな目標の転換が起きた。
それはニコニコ動画での舞台イベント配信だ。まずニコニコミュージカル「東方見聞録」を見た。これは、7回公演でリアルの座席チケットが3,500円×約2,500席、ネットのチケットが1,000円×約4,500枚。有料・無料の視聴数が約50万再生だった。
その後、自分が出演した「ニコニコ大会議Final」はJCBホールで2,500人ほどの来場、視聴数は約16万再生。「ニコファーレこけら落とし」では200名ほどの来場、視聴数は約70万再生!!だった。


出演して思った。なんと自分の描いていた舞台の小さかったことか。


もちろん前述の公演の集客には理由がある。「あれは歌い手さんが人気があったから」「TVのタレントが出てたから」。でも肝心なのは、モデルだ。かつて僕が描いていたモデルでは、キャパを越えられない。キャパ以上の収入が得られず、キャパ以上に見て貰うことができない。どれほど数多く公演をやっても、演技を見てもらえるのはごく僅か、いつになっても認知度は上がらない。


どうやって人気を集めるか。どうやって公演を大きく行うか。どうやって公演を黒字にするか。
その答えを目の当たりにした。だから、時期尚早と思いながらも、今ネット配信で公演を行うのだ。

二人会『信』 http://www.wazuma.jp/shin.html


フライヤーの裏面に書いたように、この活動は舞台芸能全般の未来を照らし出すものだ。
これまで、広くマスに知られるにはTVしかなかった。しかし、今TVで舞台芸をゆっくり流すことはあり得ない。大道芸的に、目を引く現象をぱっぱっと見せ続ける手法しか存在せず、一発ならともかく、定常的に放送機会を得ることも不可能だ。

ネットでの配信は違う。冗長で構わない、舞台の芸をそのまま演じられる。そして自分自身が発信者だ。スポンサーの顔色も事務所の力も関係ない。配信で小さな利益を得ることが目標なのではない。このモデルを定着させ、舞台芸に親しみを持つ層を広く開拓し、業界を活性させることが肝心なのだ。

音楽の世界では無料配信は定着した。しかし、これはPCのスピーカーでの貧弱な環境で聞くのと、現場で聞くので大きな品質の差異があるから成立する。視覚が主の舞台芸は、無料公開では舞台から人が遠のく。小さくとも木戸銭は必要であり、木戸銭を払うからこそ、集中して舞台を見る状況になる。有料環境にすることで、サーバ負荷増大によって蹴り出されることも防げる。

ニコニコでやることで、コメントは懸念事項でもある。誹謗中傷、野次馬コメントは正直怖い。これも、小さいながら木戸銭を取ることでかなりの改善となる。コメントは何を意味するかというと「ライブ感」に他ならない。劇場でぽつんと一人で見ては魅力が半減するように、モニタ越しで見ている多くの仲間が一緒に盛り上がるから舞台が楽しい。この点において、「アカウントと関連づけられた課金システム」「コメントによるライブ感」は、Ustreamでは実現できない魅力だ。



さて、少々技術よりの話になってしまったが、上記のようなことを考えている。
留意すべきは、ネットというのは、ただ「声が広く届く(可能性がある)」というだけだ。届かない、というシチュエーションに比べれば遙かにマシとは思うものの、結局のところ、魅力が無ければ効果は無いのだ。ネットで人気を得られなければ、TVでも人気を得られず、リアルでも人気を得られない。

そこでもう一つ。近年とみに感じること。

芸人とは、「芸」+「人」であるべきだ、ということ。

「芸」だけがコンテンツではない。「人」こそがコンテンツであるべきだ。
舞台芸のバリエーションを増やすことは到達点では無いと思っている。芸を入口に人に関心を持ってもらいながら、人が伝わるような芸を開拓していく。稽古のみでなく、人間としての魅力を高めるためにリソースを振り分けるのだ。


総括して、当面の目標。
・ネットを使って実演披露の場+芸能の魅力を伝える場を「自分で開拓していく」
・自己自身を研鑽しながら芸を洗練させる

それにより、「手妻を格の高い芸能として、その魅力を広く知らしめ、発展継承させて行く」ことにしよう。
2011年9月の藤山晃太郎の思考だ。

twitterの@tezumashi、是非フォローミー!
ラジオフォビアの克服 
先の日記からぽぽぽぽーんと期間が空いてしまいました。
ついったーでいいや病が再発しておりました。(芸人ブログとしてはまずいね!)


さて、震災から2ヶ月。


震災が起きて、直近のイベントは軒並みキャンセルになりましたが、4月末あたりからぽつぽつと仕事の電話が掛かり始めました。ただ、まだ業界全体の活性にはほど遠いです。景気って、国民全体の「気分」みたいなもの。落ち込んでいるから落ち込んでしまう。まず笑顔になって元気になって、元気を分けてあげるくらいにならんと!


この所、周囲から話を聞いていても、家族の話題に上がることでも、漠然とした”放射能への不安”。
つい近日のニュースでも、1号機のメルトダウンに続き、2号機3号機のメルトダウンのニュースが夜中にこっそり情報開示

「そろそろ公開してもいいかな?」感マンマンです。
いつもの手です。

逆に、ここまで情報が出たってことは、実情はもう次のステップに行ってる、と勘ぐりたくなるくらい。


悲観的な意見も、楽観的な意見も多々ある。ただ、被災地域にいる友人と話をしていて、こんな結論が出た。


『低線量被爆を心配するより、他の生活リスク・経済的損失を考慮すべき』


例えば、晃太郎が日本を離れてどこかの外国に逃げるとする。その行った先というのは、本当に関東よりマシだろうか?雇用は多いか。犯罪は少ないか。生活は快適か。
引っ越した先で、銃犯罪に巻き込まれるかもしれない。住んでみたら税金が重く仕事の口は無いかもしれない。放射能以外の、全てのファクターを比較して本当にその地域に住むことが正解なのか。


そもそも放射線関連だけを比較したって怪しい。

例えば、中国の主要都市の平均放射線量が事故時の都心部のそれを上回っていることはご存じだろうか。

西日本に放射能を多量に含む黄砂が年々増加、特に山口県が多く観測されていることは。

別の観点で1950~80年代に、米ソで大気中核実験を乱発し、日本にも多量の90Sr、137Cs、プルトニウムが降下していたことは。

別の観点でもんじゅヤバイなど。


引っ越すことで失うこれまでの仕事面での信頼関係(≒収入のチャンス)、引っ越し費用などの損失。全身フルアーマーの対放射線装備を家族全員分揃えて暮らすことで掛かるコスト。全て外国から飲食物を輸入して(それすら怪しいが)摂取するコスト。


これら、「他の生活リスク」と「経済的損失」を並べて考えると、低線量被爆は無視できるレベルではないか。

もちろん害が無いとは言わない。あるのは分かっているが、それを回避するために掛けるコストと、それによって得られるメリットが見合わないと考えている。

そんな心配より、タバコ吸ったりお酒飲んだり夜更かしする方が、よほど健康リスクがあるかと。


安全と安心は必ずしも一致しない。「安全」「安全」と言われても、不安は不安だろう。でも、安心するためにやれることを並べていった結果、今の生活を別の側面で脅かすようでは本末転倒だ。いっそ開き直ろうじゃないか。


もっと本質的な問題。人生をどうするべきか、芸をどうするかに頭とリソースを使わなきゃ!!


とりあえず萌える動画でも見て元気だせYO!

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